春日醉起言志

春です。


花は芽吹き
鳥はさえずり
風は温かく
月はいつものように月です。


三寒四温に揺さぶられた日々も
彼岸を過ぎてぐんと桜の気配が増し
三離四会ともいうべき別れと出会いの狭間で
日本社会全体が慌ただしく支度をしている様子です。


移りゆく自然と対峙していると、
自然はいつの世も在るがままの生を全うしていることに改めて気づきます。
勿論、人もまた然るべきですが、時に人は、慌ただしく欲を全うしようとします。
それもまた人。それも然るべきなのかもしれませんが、
社会の枠組の中で個人や個性や真理、大切なものや人が理不尽に侵害されるような事象が
大波小波で押し寄せてきて、息苦しくなる時も昨今少なくないのではないでしょうか。
私達の住む社会では誰しもそのような窒息経験があると思います。芸術に携わる人なら尚更のことでしょう。


そんな時に、私は、本来の自然に立ち返ります。
今であれば、冬の後姿に寂しさを覚えながら来る春の木漏れ日に目を閉じます。
魂の声を聴くように、風に撫でられ、雨の話を聴き、いつものように月に面会を求めます。
そして、好きな漢詩を書いて詠み、幽静な世界にしばし身をおきます。


春に因んだ有名な漢詩を一篇ご紹介いたします。


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春日醉起言志 / 李白
處世若大夢  世(よ)に處(お)るは大夢(たいむ)の若(ごと)し
胡為勞其生  胡為(なんすれ)ぞ其の生を勞する
所以終日醉  所以(このゆえ)に終日醉い
頽然臥前楹  頽然(たいぜん)として前楹(ぜんえい)に臥す
覺來眄庭前  覺め來(きた)って庭前(ていぜん)を眄(み)れば
一鳥花間鳴  一鳥(いっちょう)花間(かかん)に鳴く
借問此何時  借問(しやもん)す 此れ何の時ぞ
春風語流鶯  春風(しゅんぷう)に 流鶯(りゅうおう)は語る
感之欲歎息  之に感じて歎息(たんそく)せんと欲す
對酒還自傾  酒に對すれば還(ま)た自(みず)から傾(かた)むく
浩歌待明月  浩歌(こうか)して明月(めいげつ)を待つ
曲盡已忘情  曲盡(つ)きて已(すで)に情(じょう)を忘る


※下し文引用
■「李白」 / A. ウェイリー ● 請求記号: IS/864/ (写真左)
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詠み終えた後に、現代生活による閉塞の強要で凝り固まっていた魂がすっと解きほぐされます。
(現代語訳は訳者により微妙に違うので、敢えて書きません。上記李白にも現代語訳は掲載されています。)


因みに、この「春日醉起言志」は、かのマーラー作曲の交響曲大地の歌」の第5楽章で
歌われるテキストの基になっていることでも有名です。


この他に、私がお薦めする漢詩に関する本をご紹介いたします。


■「漢詩と人生」 / 石川忠久 ● 請求記号: BS/785/ (写真中)
”人生はままならない、ままならないのが人生”と始まり、
その上で、そんなもんだ、淡々と生きていくのだと、人生の趣を様々な漢詩を通して説きます。
著者の言う「汲めども尽きない漢詩の味わい」を確かな専門性と分かりやすい解説で読み解いていきます。


■「漢詩 美の在りか」 / 松浦友久 ● 請求記号: IS-2/768/ (写真右)
訓読詩歌と日本詩歌の音声やリズム、聴覚的見地からの考察もあり、
漢詩に“音楽”すら感じられる内容です。
「美の在りか」という副題について筆者が述べているあとがきも美学として必読。


どちらも文庫本で質量とも読みやすいです。
人生や世界の美しさを再認識し、自分らしく前に進めるよう背中を静かに押してくれます。







特に、学生の皆さんには、自分の専攻に関わる音楽のみならず、
様々な音楽、様々な芸術、様々な人、様々な世界に触れてほしいと思います。
(その対象に漢詩もある、くらいの意味合いで、私の趣味で恐縮ですが今回ご紹介いたしました。)
その中で、胸の内に響くものとそうでないものがでてくると思います。
初めは趣味判断でいいので、そのご自身の感覚を大切に磨いて、
音大で研鑽を積まれている技術や知識を融合させて、
目先の情報や流行に囚われ過ぎず、
この世の流れと、自らの血の流れを感じ、
七回転んで八回起きて、ご自身の歩幅で、
自らの人生や世界がにじみ出る音楽、そして生き方を目指していただきたいと願っています。
その先で音楽や芸術は、他者の人生や世界とつながり、真に豊かな社会を育むことでしょう。




皆さんと世界の明日のために、、、いや、そんな大層でなくともお気軽に、
本学付属図書館を是非ご活用していただければ幸いです。



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